御社殿の大掃除を行いました

令和6年8月31日


畳の目に沿って丁寧に雑巾がけをしていきます

毎年、大崎八幡宮では、9月の例祭を清々しく迎えるために8月末日、新年を迎えるための12月13日に行われる煤払式の年に2回、大掃除を行っております。

神社仏閣において、すべての作法は「掃除に始まり、掃除に終わる」とされています。御社殿の隅々まで念入りに清掃し、清々しい状態で神事を迎えるという祭典の心得に基づいた行事でございます。

例年の祭典を恙なく終えることで神社として新たに甦り、またそこから後世に引き継がれて行く一連の意義があるといわれております。本年の例祭が滞りなく斎行され、八幡大神様の御加護が皆様にありますようお祈り申し上げます。

祭儀課 浅香

マイナビ仙台レディース必勝祈願

令和6年8月20日

去る8月20日、マイナビ仙台レディースの必勝祈願が御社殿にて斎行されました。

マイナビ仙台レディースとは仙台をホームタウンとする WEリーグに所属する女子サッカーチームです。

当宮の一之鳥居より参進
祈願前、大絵馬に揮毫して頂きました
修祓 必勝祈願祝詞 奏上
玉串拝礼
お参り 記念写真

昨シーズン悔しい思いをした分、たくさん勝って笑顔のシーズンにしたいとのこと。
皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

祭儀課 川村

御鎮座記念祭を斎行致しました

令和6年8月12日

去る令和6年8月12日午後6時半より御鎮座記念祭を斎行致しました。

当宮は仙台藩祖伊達政宗公が仙台開府の秋、仙台城の乾(北西)の方角に当たる当地を鎮座地として定められ、御社殿を造営。慶長12(1607)年8月12日に正遷座の儀が行われ誕生しました。

御鎮座記念祭は御鎮座390年を記念して平成8(1996)年8月に初めて斎行して以来、毎年8月12日に斎行しており、祭典終了後には「雅楽の夕べ」が引き続き行われています。

祭典はお祓いの修祓から始まり、御祭始まりの一礼である宮司一拝、大神様が召し上がる神饌を御神前にお供えする献饌を行います。献饌の後、宮司の祝詞奏上で鎮座されたお祝いと日頃の感謝に加えて氏子崇敬者の繁栄をお祈りした後、玉串拝礼を行いました。

献饌
米・酒・餅・海漁・海菜・野菜・ 果物・菓子・塩・水を奉りました
宮司 祝詞奏上

雅楽の夕べでは、今様いまよう白薄様しろうすよう」、管絃かんげん太食調音取たいしきちょうのねとり」「合歓塩がっかえん」、神前しんぜん神楽かぐら青葉あおばまい」、管絃かんげん輪鼓褌脱りんここだつ」、御神楽みかぐら其駒そのこま人長舞にんじょうまい」、舞楽ぶがく還城楽げんじょうらく」、退出音声まかでおんじょう長慶子ちょうげいし」の演目を伶楽舎の方々により演奏、舞楽の奉奏、当宮職員により舞が奉奏されました。

巫女舞の一つである「青葉の舞」は平成18年の御鎮座400年記念事業の一環として制作し、平成20年の御鎮座記念祭にて初めて奉納されて以降、職員により継承されている神前神楽舞です。

伊達政宗公が仙台開府にあたり、仙台の末永い繁栄を願って詠んだ「入そめて 国ゆたかなる みきりとや 千代とかきらし せんたいのまつ」という和歌を歌詞とし、作曲は故 芝 祐靖氏、作舞は宮田 まゆみ氏が行いました。錦や金襴をめぐらした「金襴縁裲襠きんらんべりりょうとう装束しょうぞく」という装束を身に纏い、その舞振りは政宗公に相応しい勇壮なものとなっております。

「其駒 人長舞」は宮中で行われる「御神楽」の中に「其駒」という曲があり、神楽人の長が舞うことから「人長舞」といいます。舞人は葦に千鳥模様を青摺あおずりにした小忌衣おみごろもをつけ、御神鏡を模した白い輪のついた榊を持ち、1人で舞います。

舞人の口上に合わせ、司人が 庭燎に火を灯します 舞で使用している榊は舞人手ずから調製しています

政宗公は慶長5(1600)年に千代せんだいを仙臺(台)と改称しました。これは「入そめて 国ゆたかなるみきりとや 千代とかきらし せんたいのまつ」の和歌にあるように千代と限らず恒久的に繫栄することを願っていたことの表われといえます。遷座の儀が執り行われてから400年余りが経過致しましたが、政宗公が仙台ひいては当宮に遺した思いや受け継がれてきた伝統や信仰を次の世代へと継承するため、職員一同、より一層奉仕に励んで参ります。


篝火で彩られた御社殿

祭儀課 佐藤

第113回定例別表神社会に参加して参りました

令和6年8月2日


正式参拝の後、記念写真を撮影しました

令和6年8月2日、宮城縣護國神社において第113回定例別表神社会が開催され、当宮からは職員2名が出向し、参加してまいりました。

神社には、「延喜式内社」などの社格という特別な性格を帯びたものが存在します。「別表神社」とは、様々な規定から「別表」に掲げられるというもので、由緒、境内地の建造物、広く規模、活動状況などを厳重に審査され、神社本庁より認定を受ける事になります。

宮城県の別表神社は5社存在し、志波彦神社鹽竈神社、竹駒神社、金華山黄金山神社、宮城縣護國神社、そして大崎八幡宮の5社となっております。

定例別表神社会は、それぞれ当番神社が会場を持ち回りで担当し、正式参拝した後に各議題を話し合い、別表神社職員同士の懇親を深める場として定着しており、開催されてから実に113回目となりました。

大麻のお祓いを受ける各社宮司・権禰宜の皆様 宮城縣護國神社巫女による「みたま慰めの舞」

宮城縣護國神社社殿内において正式参拝の後、参集殿において熱心な話し合いがされました。その後有意義な懇親の場がもたれ、各神社の交流に花が咲きました。

当番神社の宮司挨拶 各神社の参加者紹介
当宮権禰宜より、議題の説明を申し上げました 有意義な懇親会となりました

県内神社と切磋琢磨しつつ、斯界の発展に寄与して参りたいと存じます。

祭儀課 浅香

太元社例祭を斎行致しました

令和6年8月1日


斎主 祝詞奏上

令和6年8月1日の午前11時より、大崎八幡宮の境内末社の太元社において例祭が斎行されました。

太元社には、太元師明王が祀られております。太元帥明王は古来より、鎮護国家・外敵降伏などのご神徳があるとされます。戦の折には「太元帥明王法」という加持祈祷を行い多くの崇敬を集めていたそうです。

正確な創建時期は不明ですが、4代藩主・伊達綱村公が太元師明王を本尊とした太元社師明王法の執行を念願としたということが『伊達綱村遺言覚書』に記されておりご創建の経緯をうかがい知ることができます。

現在の御社殿は、当宮の境内末社として昭和56年8月に竣工したもので、太元師明王を御神像としてお祀りし、8月1日を縁ある日と定め例祭を斎行しております。例祭当日は御神像が納められている厨子の御扉が開かれ、太元師明王をお参りすることができます。

昨年度遂行した馬場整備事業では、太元社の社殿を西側(後方)に数メートル移動させる曳家工事を行い、お参りの場所が広くなりました。現在は、馬場整備事業の最終工事として、太元社周辺の玉垣の設置工事を行っております。

今回の祭典は、責任役員・総代・世話人・一般の計18名の参列があり、祓所にて修祓を受け、玉串拝礼をして頂きました。

祓所にて参列者の修祓を行いました 献饌の様子
御神楽「浦安の舞」奉奏 参列者 玉串拝礼
参列者の皆様で記念撮影をしました

参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は邪気を払う神としてとして名高い太元帥明王に合わせ、魔除けの色である赤色を採択しております。

当宮にご参拝の際は是非、太元社にも足をお運び頂き、伊達家の歴史や祈りに思いを馳せて頂ければと思います。

祭儀課 浅香