50号
鳩の声
皆さんは、何色がお好きですか。どんな服がお好きですか。そんな好きな色の好きなデザインの服を身に着けるとなんだか心を満たされてわくわくしてきますね。逆にわくわくした気分で着たいと思うのが、好きな色の好きなデザインの服でもあります。
しかし、これを読まれている多くの方は、学生時代には学校指定の学生服を着ていたことでしょう。学生服というのは、その色と服のデザインによって、自らの社会的な地位を示すものであります。このように、服の中には、一般的な役割である心を表すものではなく、自らの立場を示すという役割もあります。
それでは、今の神職が着ている装束が生まれた平安時代はどうだったでしょうか。実は、貴族の中では、着て良い色というのは制限されていました。ここでは、袍という、平安時代の文官が着ていた装束の色について紹介致します。
まず、平安時代から変わらず高貴な方というのは、天皇陛下でありますが、陛下は黄櫨染(こうろぜん)という色をお召しになります。この色は、陛下が使用される色であるがゆえに、禁色として一般の人の使用は許されない、まさに幻の色であります。もしかすると、遥かなる時を超え、来年度にそのお姿を見ることができるやもしれません。
次に、臣下では上の位から黒、緋、縹とされています。では、なぜこの順番なのかと言いますと、まず、黄櫨染は、五行説の中で、世界の中心を指す色とされまさに君主たる天皇陛下にふさわしい色とされました。次に、黒色ですが、赤色を何度も染めて作っていた色であり、それだけ手間のかかる色であったと言えます。そのため、簡単に染められる赤色よりも黒色の方が、よいものとされて、上の身分の人が着るようになっています。最後に縹は、月草(ツユクサ)にて染められていたようです。もちろん、染めるというのは大変な手間ですが、染料の基となる月草が手に入れやすいことから、赤よりも下とされたと推測されます。
そして、そのように決まった平安時代の規則は、1200年たった現在も守られ私たち神職の服飾規程となっております。
そしてこの度当宮の宮司は長年の神社界への功績が認められ、神職身分が1級へと昇級致しました。その為、臣下としては一番位の高い色である黒色の袍を身に着けることになり、今年度9月の例大祭では、その装束を着て奉仕する事になります。ちなみに、普段の社頭では、袴によって身分を区別しておりまして、上から白の袴に白の紋付、紫の袴に白の紋付、紫の袴に紫色の紋、紫の袴、浅葱の袴、白の袴となっております。神社によっては、白色の代わりに松葉色を使用するところもあります。
このように、神職、仕女はそれぞれの身分の装束を身に着け、八百万の神様たち、そして天皇陛下の臣下たる意識を抱き、日々御奉仕しております。平安時代から変わらぬ装束と色に込められた意味がお分かり頂けたかと思います。皆様のお参りをお待ちしております。
八幡宮Q&A
Q:「初穂料」と「玉串料」の違いと使い分けを教えてください。
A: 現代ではどちらも神社に金銭を納める際に用いられる言葉です。なんとなく言葉から察するに「初穂料」は稲穂を納める代わりで「玉串料」は玉串使用代と思われがちですが、実際はどうなのかご説明申し上げます。
初めに「初穂料」とは、その年の秋に初めて刈り取られた稲穂のことを「初穂」と云い、古来より氏神様に捧げて感謝する風習がありました。「初穂」は時代の変遷と共に変化し、現代では「初穂料」として主に金銭を奉納しています。
一方「玉串料」とは、榊の枝に麻や紙垂を付けたものを「玉串」と云い、「古事記」によりますと「五百津真賢木」(榊)の上の枝に大きな勾玉を繋げた玉の緒、中の枝には大きな鏡、下の枝には麻を付けた物を捧げた描写を玉串の起源とされています。(諸説あり)現代では祭典や御祈祷で行われます「玉串拝礼」において神様に捧げる際に用いられています。
こうしてみると神社に直接物や金銭を納める際には「初穂料」を使用し、逆に物や金銭を納めずに拝礼する際は「玉串料」とされます。
わかりやすい具体的な例をいくつか申し上げますと、「初穂料」を使用する機会は授与所にて御札や御守りを受けて金銭を納める時、神社で御祈祷を受ける際に祈祷料を納める時、地鎮祭や神棚祭の御祭料を納める時などで、お賽銭も含まれます。
また「玉串料」を使用する機会は例大祭や祭典への参列、神葬祭や奥津城(神式墓地)へのお参りなどがあります。
簡素にまとめますと、個人的なお願いを神様にする際に納めるのは「初穂料」、祭典等に参列して玉串を捧げる際は「玉串料」とご理解いただければと思います。
※なお、現代では一般的な御祈祷の際に玉串拝礼がありますが、個人的なお願いを祈念して玉串を捧げているので、初穂料となります。