48号
鳩の声
【御朱印ブーム】
昨今御朱印を受けることがブームになっております。ありがたいことに当宮にも多くの参拝者が御朱印を受けに来社されております。
そもそも御朱印とはなんでしょう。
「御朱印」とは、神社や寺院において、参拝者向けに押印される印章・印影の事を言います。押印の他に、参拝した日付、寺社名・御祭神・御本尊の名前などを一緒に墨書されることが多く、これらを含めて「御朱印」と一般的に呼ばれています。また、御朱印を拝受するために使用される帳面が「御朱印帳」です。
では、この御朱印の起源はどこにあるのでしょう。
御朱印の起源は、江戸時代の寺社へ写経を納める納経の際に納経帳に頂く受付印であったと一般的に言われており、更に遡ると「六十六部廻国聖」に起源を求められるとの説があります。この六十六部廻国聖とは、遅くとも十三世紀前半には行われていたもので、定められた作法で書写した法華経を六十六部持って日本全国六十六カ国を巡り、一国一箇所の霊場・霊社・霊寺等に納経した廻国の修行者のことをいいます。これは日本全国六十六カ国を巡ることによって、より多くの功徳をつもうとしたものであったのでしょう。
この六十六部が盛んになるのは室町時代(十四世紀)からで、この頃には、納経した寺社仏閣で「納経請取状」を発給してもらっていたそうです。これが江戸時代になると、納経帳に記帳押印してもらう形式となり、それが現在の御朱印帳に繋がっていったと考えられます。
納経や納経帳と何度も出てきましたが、「納経」という言葉は写経した経典を寺社に奉納すること意味しております。そのため、本来御朱印は寺院だけかと思われるかもしれませんが、江戸時代以前は神仏習合の時代であり、現代のように神社や寺院が明確に区別されていなかったため、神社にも寺院にも分け隔てなく納経する例が多く見られたそうです。
また、納経に用いられた法華経は「此教一部八巻二十八品六万九千三百八十四字」とあるように非常に長い経典であり、それを六十六回も写経することは大変な労力と時間がかかるため、写経が現実的とはいえず、六十六部が盛んになった室町時代には必ずしも納経が必要ではなかったそうです。その代わりに納経札を納める場合が多かったといわれています。
このことから、「納経帳」は実際に経典を書写して寺社に奉納するという面よりも、神社・寺院への巡礼・巡拝という面と深く結びついていると考えられます。これが現代における参拝のお印として頂く「御朱印帳」に繋がっているのでしょう。
このような歴史を持つ御朱印帳ですが、実際にはどうやっていただくのでしょうか。
上記にあるように、神社・寺院に納経した証や巡礼・巡拝した証としていただくものでしたから、まず始めに参拝してからいただくのがよろしいかと思いますが、多くの参拝者が来られる土日祝日には少々お時間を頂くため、事前に御朱印帳をお預けになった上で参拝されるのもよろしいかと思います。御朱印は巡礼・巡拝と深く結びついた歴史を持つため、参拝することなく御朱印だけを受けて帰るというスタンプラリー感覚では神様に対して大変失礼に当たることですから、当宮に限らず他の寺社仏閣でもなさらないようお気をつけください。
御時間がないときや御朱印帳を忘れたときには、事前に半紙に御朱印を書いたものをご用意しておりますので「紙の御朱印お願いします」と一言お声がけください。また、御朱印を書ける者が祈願に上がっている場合や、年始から松焚祭頃までの時期や月次祭等の祭典中は特に長い時間お待たせする場合や紙の御朱印での対応しかできない場合が御座いますので、ご了承ください。
御朱印の初穂料ですが、当宮では特に決まっておりませんのでお気持ちをお納めください。どれくらい納めればいいか分からない等御座いましたらその際に遠慮なくお尋ねください。
また当宮では、大崎八幡宮の御社殿を織り込んだオリジナル御朱印帳も御用意しておりますのでお手にとっていただければ幸いです。
当宮の御朱印を書く小鳩によって筆致が異なり多少の出来不出来もあるかもしれませんが、八幡様にお仕えする小鳩としてそのお力を感じられるよう一筆一筆心を込めて書いておりますので、温かい目で見ていただけると幸いです。
先の見えにくい世の中ではありますが、御朱印帳を開いてそのお力を感じ、ほっと一息をつくというのも素敵な時間の使い方かもしれませんね。
八幡宮Q&A
Q:神棚がなくても神宮大麻や神札を受けてもいいのでしょうか?
A: 神札を受けて頂いた後は、ご自分の目線より高く、日当たりが良く清潔で、人が集まる場所に南向きか東向きにお祀りするのがよいとされています。またお祀りする際、お神札の下に白い紙を敷くと尚良いでしょう。神宮大麻は伊勢神宮で奉製された後、全国の神社に届けられ頒布されます。お神札を受けられてから一年経ちましたら、毎年新しい神宮大麻、地域をお守り下さる氏神様のお神札を一緒にお祀りし、ご家庭の一年の無事と幸せを祈り過ごすことを心がけるとよいでしょう。
神宮大麻は伊勢の御師(おんし)により配布されておりました。御師とは神宮と崇敬者との間を取り持つ平安時代末期にいた神職と言われ、神宮のご神徳を広めるとともに講員を案内、宿泊等の便宜を図る現代の旅館のような役割も果たしたと言われています。
神宮大麻が明治以前「御祓大麻」と呼ばれてきたことは、清浄を尊敬する民族精神が大きく存在していることが信仰の根源であると考えられます。また御祓大麻の基本的意義は伊勢神道の「清浄無垢の神心に立ちかえり、それにより大御神の真姿に近づき拝することができる」というところといわれています。
明治になり世襲職、御師職が廃止され、明治五年より神宮が直接大麻を奉製及び頒布するようになりました。神宮大麻はかつての御師の活動を全面的に停止した上、国家的制度に基づき、御祓大麻の信仰的意義に道徳的意義が加えられ強調されたものを一言で「大御璽」と呼ばれたそうです。のちに明治天皇の「朝夕に皇大御神を慎み敬い拝むための大御璽として神宮大麻を国民全戸に漏れおつることなく奉斎せしめよ」との大御心により、昭和二十年の終戦以降は、神社本庁を通じて全国の家庭に頒布されるようになったそうです。
さて、私たち国民が心豊かな生活を送ることが出来るのは、日本の総氏神である天照大御神をはじめとする八百万の神様が日々私たちを見守って下さる御蔭といえるでしょう。日本人の清らかで明るい心と神様に日々感謝をするということを次世代へ伝承していければ幸いです。