祈年祭が斎行されました

平成30年2月17日

去る2月17日、祈年祭を斎行致しました。

神社で行われる祭典には、大祭、中祭、小祭と分かれています。そして大祭とされるのは、ご祭神に関わるものと稲作に関わるものがあります。

この度、斎行した祈年祭は、稲作に関係する祭とされ大祭となります。祈年祭は、一般的に「きねんさい」と呼称されますが「としごいのまつり」ともいいます。「とし」は、穀物の実りを、「ごい」というのは「乞う」という意味になります。つまり、穀物の実りを八百万の神様に乞うという祭になります。

また、当宮では今年度の入社予定の仕女(巫女)三名が参列し、それぞれ玉串拝礼を致しました。毎年この時期に出社して頂き、当宮の祭典奉仕の姿を身近に感じて頂きます。また、4月から支給する装束の採寸等も行っております。

御神楽を真剣なまなざしで見ています 玉串拝礼
献饌 宮司 祝詞奏上
御神楽 浦安の舞

われわれの生命の根源とも言える「食」つまり「稲作に関する」祭りごとを、古の人々は特に大切に行ってきました。この度の祭典は、平安時代より続くもので、由来はもっと古く我々の先祖が稲作をするようになった頃にまで遡ることもできるでしょう。

「いただきます」と食前に手を合わせた時に、この悠久の時を感じてみてください。

祭儀課 石井

紀元祭が斎行されました

平成30年2月11日

去る2月11日、紀元祭が斎行されました。

この日は、建国記念日となっていますが、皆さんは日本の国が出来てから何年たったと思いますか。今年は皇紀2678年になります。つまり、日本という国は2678年の歴史があり、これは世界で最も長く続く唯一の国なのです。そして、この戦前の2月11日は四大節の一つの紀元節として「国民の祝日」に制定されていました。

他の四大節は、1月1日四方拝、2月11日紀元節(現在は、建国記念日)、天長節(今上天皇の誕生日を記念するもの)、11月3日明治節の4つの総称となります。

なぜ2月11日が建国記念日つまり国が建てられた日とされているかというと、古事記、日本書紀に神武天皇が即位された日として記載されているためです。

この神武天皇は、天照大御神のひ孫にあたられ、高天原からニニギノミコトが降臨された九州を発ち、東征(東へ向かい敵を征伐すること)をし、大和国(現在の奈良県あたり)の橿原宮で初めて天皇として即位しました。この日が紀元前660年の2月11日とされ、現在の建国記念日となったのです。

献饌 8台お供え致します 宮司 祝詞奏上
御神楽 浦安の舞

現在は皇紀2678年になります。世界の基準となっている西暦よりはるかに長い和学の2678年という歴史を持っている我が国を顧みる機会としてはいかがでしょうか。

祭儀課 石井

平成30年2月3日節分祭並びに福物撒豆式斎行

平成30年2月3日

去る2月3日(土)午後3時より節分祭を斎行いたしました。

当宮の節分祭は昭和33年より執り行われております。その始まりは戦後間もない昭和22年・23年頃から東一北辰会(現:一番町四丁目商店街振興組合)の皆様が「戌歳生まれの守護神」であり「仙台総鎮守」でもある当宮へ毎年参拝されるようになりました。

その後「子ども達に野球ボールの一つでも配れれば」との思いから当宮及び氏子総代との協議の末、昭和33年(戌歳)より「大崎八幡神社節分祭」(現:大崎八幡宮節分祭)を斎行することとなりました。

現在当宮の節分祭神事にある福物撒豆式(ふくものさんとうしき)が午後3時から社殿前で豆を撒き、続いて馬場でボールやあんぱん等を撒く由縁は、多くの子供たちが集まれるように学校が終わる時間を考慮して行われているという昔からの風習が現在も続けられています。

今年は「戌歳」そして「土曜日大安」ということもあり例年より1000人多い4000人もの参拝者、特に子供たちで賑わう節分祭となりました。また、当宮名物の赤鬼青鬼は今年も子供たちに大人気で、一緒に写真を撮ったりなど大忙しだったようです。

「福は内、福は内」「鬼は外、鬼は外」「天打ち、地打ち、四方打ち」「鬼の目ん玉ぶっつぶせ!」今年一年皆様の御健勝を心よりお祈り申し上げます。

「宮司祝詞奏上」 「鳴弦式」
鳴弦式:衣冠の正服を身にまとった神職が弓と鏑矢を用いて、東西に向けて三度づつ弓を引き、弦を鳴らし鬼を追い払います。
「御神楽【萬代の舞】」 「振り鈴の儀」
「当宮責任役員川上良雄殿玉串拝礼」 「撒豆式に集まった参拝者」
(撒豆式①)
(撒豆式②)
「福物を準備する当宮総代庄司健二殿」 「福物撒豆式①」
「福物撒豆式②」 「直会会場にて宮司挨拶」
「今年も大人気だった当宮の赤鬼青鬼」

祭儀課 石垣仁孝

一番町四丁目商店街にて節分祭を斎行致しました

平成30年1月28日

去る1月28日、一番町四丁目商店街にて節分祭を斎行致しました。

この節分祭は、50年以上続く歴史ある行事となっています。もともと、現在の商店街を支える方々の先輩が、当宮の社務所で節分祭を行ったのが始まりでした。

現在では、多くの人が集い、伊達武将隊も節分祭に参列するなどの賑わいを見せています。

祭儀課 石井