月次祭並びに七五三祈請きせい祭斎行

平成30年11月15日

去る平成30年11月15日午前10時、穏やかな秋晴れの中、月次祭並びに七五三祈請祭を斎行致しました。

当日は七五三が3家族と月参りが2名、そして仙台市立第一中学校の職場体験生徒4名の参列がありました。普段の生活とは違う空間にいることで七五三の子どもはもとより、お父様お母様もどこか緊張した面持ちでした。11月12日より職場体験をしている生徒達は正座に不慣れではありましたが、足を崩さず姿勢正しく神事に臨んでいました。

祭典後は社殿前にて記念撮影を行い、神職より千歳飴を受け取った子供たちは大喜びでお父様お母様にご報告していました。

なお、当日は(株)宮城テレビ放送が取材に訪れており、祭典の様子や七五三に来た参拝者らのインタビューがその日の夕方午後6時15分からの「ミヤギnews every.」にて放送されていました。

「祝詞奏上につき頭を下げる参列者の皆様」 「白衣・袴を身に着けた職場体験中の中学生」
「御神楽『萬代の舞』」 「両親に助けてもらいながら玉串拝礼」
「祭典後、境内にて記念撮影」
「職場体験中の中学生らと記念撮影」
【七五三詣について】

七五三詣の由来は諸説ありますが、古来より男女とも三歳を迎えると、それまで剃っていた頭髪をたくわえはじめる「髪置かみおき 」という儀式に始まり、五歳の男子は初めて袴を着用する「 袴着はかまぎ 」、七歳の女子は着物の付紐を取りはずし帯に変える「 帯解おびとき」など生存が危うい児童が健やかに成長するよう祈請きせい(神仏に祈り加護を願うこと)が行われてきました。

また、祝い日とされている「11月15日」は江戸時代に五代将軍徳川綱吉の長男「徳松」の祝儀をこの日に行ったことに由来するとされています。

そのほか古来より「七歳までは神のうち」という言葉があるように、七歳になるまでが心身の成長に重要な時期とされており、氏神様(居住地域の神社)へお宮参り(初宮詣)を行うことで、氏子(地域の人々)に周知され、七歳になると正式に氏子の一員に承認される流れがありました。これは現代よりも平均寿命や医療技術などが低かったため、成長の節目に家族総出でお祝いする日本古来の習慣だと拝察します。

今も昔も子供の成長がなによりもめでたい点は変わりません。なにかと忙しない世の中ではございますが、子供との時間をより一層大切にしてみてはいかがでしょうか。

奉賛課 石垣仁孝

明治祭を執り行いました

平成30年11月3日

去る11月3日に、明治祭を執り行いました。明治祭とは、明治天皇のお誕生日を奉祝する祭典です。

皆様は、11月3日が、なぜ「文化の日」なのか、御存じでしょうか?

明治天皇は嘉永5年(1852年)江戸時代、11月3日に御誕生されました。明治時代には、明治天皇のお誕生日は天長節として、奉祝されています。

大正時代になり、天長節は大正天皇のお誕生日(7月30日)となりましたが、昭和2年(1927年)「明治節制定の詔書」により、明治節(11月3日)が制定されました。

明治天皇の御功績に「近代日本の礎を築いた」事がありますが、その一つに「誕生日」の普及があります。

御存じの通り日本は古来より、年齢は「お正月に全員が年を取る」という数え方でした。そのような日本の伝統的考え方があるなかで、明治天皇は近代促進の一環で満年齢を一人一人の「誕生日」と認識し普及・周知に務めたのです。

そう考えると、私たち現代人の当たり前だと思っている事が、実は近代に導入された新しい文化であるという事がわかりますし、「明治節」が「文化の日」と名称を変えながら祝日に制定された起源を知ることができます。

大崎八幡宮ではこの日、明治祭を斎行し、明治天皇の御功績の奉祝、国家の安寧を祈り、最後に遥拝所にて明治天皇の御陵を遥かにおろが、お参り致しました。

皆様もぜひ、遥拝所にて、遠く崇敬する神社・離れて暮らす家族、友人、等に思いを馳せ、お祈りしては如何でしょうか?

宮司祝詞奏上に際し、明治天皇の御功績を寿ぎます
国家安寧を祈り、浦安の舞を奉奏しました 玉串拝礼に際し、宮司以下祭員、拝礼ご致しました
遥拝所では、神社・ご家族・ご友人等に 心を添えてお参りください

禰宜 小野目