令和8年御鎮座記念祭を斎行致しました

令和8年8月12日


雨上がりの夜空に松明の燈が映える境内

令和8年8月12日御鎮座記念祭が斎行されました。8月12日は慶長12(1607)年に造営後遷座された日と伝えられております。本年の斎行は、直前に3つの台風が日本列島に向かってくるという状況で、一時、仙台も直撃かと不安視されたこともありましたが、何とか31回目を迎えることができました。祭典は午後6時半より斎行され、浄闇の中で「雅楽の夕べ」が引き続き行われます。

また、当日は生憎の雨天ではありましたが、101名と多くの方が御参列くださりました。

雅楽の夕べでは、伶楽舎の方々と当宮職員により、今様「白薄様」、神前神楽「青葉の舞」、管絃「平調音取」「陪臚」、御神楽「其駒 人長舞」、神前神楽「萬代の舞」、退出音声「長慶子」が奉奏されました。

伶楽舎の方々は長床と神楽殿で奏楽奉仕を行います

「青葉の舞」は、当宮宮司が平成18(2006)年の御鎮座四百年記念事業の一環として制作した神前神楽舞です。

伊達政宗公の詠んだ「入りそめて 国ゆたかなる みきりとや 千代とかきらし せんたいのまつ」という和歌を歌詞に、作曲は故 芝 祐靖殿、作舞は宮田 まゆみ氏が行いました。

平成20(2008)年の御鎮座記念祭にて初めて奉納されて以降、大崎八幡宮オリジナルの神前神楽として職員により継承されています。昨年は、伶楽舎のコンサートにて東京のホールで披露した事もありましたが、基本的には当宮での神前神楽舞ですので、この御鎮座記念祭でしか見られない舞となっています。

青葉の舞は「音取・破・間奏・道行・急・退出音声」から成ります。従来の神前神楽はゆったりとしたものが定説でしたが、歌詠者である伊達政宗公が武将であることから、青葉の舞の破は荘重に、間奏・道行・急は躍動感ある曲調や舞振となっております。装束は萌黄色の金蘭縁裲襠装束で飛鶴紋が刺繡されており、天冠の挿頭は竜胆、執物は破が榊、急が竜胆となっています。今回は仕女2名でのご奉仕となりました。

雨音も神前神楽舞に彩を添えてくれました

続いての御神楽「其駒 人長舞」は、宮中の御神楽の中に「其駒」という曲があり、神楽人の長が舞うので「人長舞」と言われるようになったと伝えられているものです。

舞人は葦に千鳥模様を青摺にした小忌衣をつけ、手には御鏡を模した白い輪のついている榊を持ち1人で舞います。舞振りは上代的な幽玄さがあり、いわれもめでたい歌舞として尊重されています。

また人長舞の中では舞人の口上に合わせて、司人が庭燎に火を灯します。今回の司人は、当宮の宮司と総代の御令孫が務められました。

31回目にして、初の女性神職が奉仕しました

次の「萬代の舞」は、平成8年御鎮座390年を記念して作られた神前神楽です。

元々は「悠久の舞」という舞でしたが、歌詞に使用する和歌を故・鶴岡八幡宮名誉宮司白井永二氏が詠まれた「宮城野の 五十枝の神杉 萬代に 御陰垂れます 大崎の宮」に替えて、大崎八幡宮オリジナルの舞として奉奏しております。天冠の挿頭と執物には季節の花である臙脂色や白色の小菊を使用しました。装束は「悠久の舞」の装束で、天冠・小忌衣(おみごろも/青摺の模様が入り左肩より赤紐を垂らす)・単・濃色の指貫という装いでした。

この「萬代の舞」は、仕女が入社すると最初に習う神前神楽であり、毎月の月首祭・月次祭でもご奉仕する大崎八幡宮で最も奉奏回数の多い舞でございます。 「萬代の舞」の原型である「悠久の舞」は、皇紀2600年(昭和15年)の記念に、宮城外で紫宸殿に模したものが建てられ、国を挙げて奉祝祭が行われた時に舞われた奉祝舞のひとつです。今回は4月に入社した仕女1名が稽古を重ね、先輩の仕女とともにご奉仕致しました。

悠久の舞の装束は令和4年以来、4年ぶりの着用となりました

日が陰り、境内に蝉しぐれの鳴き声が響く中、篝火に照らされる御社殿は大変に美しく、厳粛に執り行われる神事と日本古来の音楽である雅楽の音色の神前神楽の奉納は、昔から受け継がれてきた信仰や伝統と、八幡様の御威光を感じられる祭典でございました。

祭儀課 浅香

マイナビ仙台レディースの必勝祈願を斎行致しました

令和8年8月6日

去る令和8年8月6日にマイナビ仙台レディースの必勝祈願を斎行致しました。

マイナビ仙台レディースは宮城県仙台市をホームタウンとしており、日本の女子サッカーリーグ「WEリーグ」に所属するサッカークラブです。熊本地震発生による被災地への配慮から規模縮小となり、選手代表、および関係者各位合わせまして10名がご参列されました。

御昇殿される様子
修祓 玉串拝礼の様子
神酒拝戴 御祈祷後に、改めて皆さんでお参りされました
祈願後、社殿前にて記念写真を撮影いたしました

仙台七夕まつり開催の日というのもあり、選手3名が短冊に願いを込められていました。

れぞれの願いが叶うシーズンになるよう、開幕戦へ挑みます。選手の皆様、および関係者各位におかれましては2026-27WEリーグでの活躍でより良い成績をおさめられること、このシーズンを無事に過ごすことができますようお祈り申し上げます。

祭儀課 菅野

令和8年太元社例祭を斎行致しました

令和8年8月1日


天候が不安視された中での祭典でしたが、無事祭典を終える事が出来ました

令和8年8月1日の午前11時より、大崎八幡宮の境内社の太元社において例祭が斎行されました。

当宮の太元社には、太元師明王が祀られております。太元帥明王は古来より、鎮護国家・外敵降伏などのご神徳があると伝えられています。その昔、戦の折には「太元帥明王法」という加持祈祷を行い多くの崇敬を集めていたそうです。

太元社の正確な創建時期は不明ですが、4代藩主・伊達綱村公が太元師明王を本尊とした太元社師明王法の執行を念願としたということが『伊達綱村遺言覚書』に記されておりご創建の経緯をうかがい知ることができます。

現在の御社殿は、当宮の境内社として昭和56年8月に竣工したもので、太元師明王を御神像としてお祀りし、8月1日を縁ある日と定め例祭を斎行しております。例祭当日は御神像が納められている厨子の御扉が開かれ、太元師明王をお参りすることができます。

また、令和5年度に遂行した馬場整備事業では、太元社の社殿を西側(後方)に数メートル移動させる曳家工事を行い、皆様のお参りの場所が広くなりました。一昨年の夏には、馬場整備事業の最終工事として、太元社周辺の玉垣の設置工事を行い、現在の姿となりました。

厨子の御扉が開くのは例祭日のみとなります 参列者 修祓
斎主 一拝 御神楽「浦安の舞」奉奏
参列者 玉串拝礼

今回の祭典は、職員にて奉仕をさせていただき、当宮宮司・責任役員・総代・世話人・一般の計19名の参列がありました。

参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は邪気を払う神としてとして名高い太元帥明王に合わせ、魔除けの色である赤色を採択しております。

当宮にご参拝の際は是非、太元社にも足をお運び頂き、伊達家の歴史や祈りに思いを馳せて頂ければ幸いでございます。

祭儀課 浅香