令和元年御鎮座記念祭が齋行されました

令和元年8月12日

本年5月1日に御代替わりがなされて以降、新しい年号が「令和」となりまして早3カ月半が過ぎました。

「令和」を英語で直訳すると「ビューティフル・ピース」と言えるそうです。

令和元年、天皇陛下の新しい時代がまさにそのように在る時代となるよう願いをともにします。

8月12日は当宮の御鎮座記念の日に当たり、400年前の1607年(慶長12年)に造営後遷座され竣功された記録に基づく祭礼の日となっております。

午後6時半から祭典が執り行われ、浄闇の中で7時より「雅楽の夕べ」が引き続き齋行されます。

今年は表参道に奉祝の提灯も灯されつつ、七夕飾りにも賑やかに囲まれ、竹行灯と紙行灯の風情の中で宮司以下祭員が参進してまいりました。

祭典は本殿また社殿前特設舞台に於いて斎行されました。

夏至はとうに過ぎ、立秋も過ぎたお盆の入りの前日となると午後6時半からの祭典は斎行中次第に浄闇へ包まれて行く独特の雰囲気となって行きます。

お気づきになられた方も多いでしょうか、今年は御社殿前にて奉献の稲を育てております。

古代米の赤・紫・黒の三種が順調に育生されています。

やがて完全な夜へ、鎮守の杜が包まれてゆく時の流れで神事も進み行きます。
宮司祝詞奏上案の前には鈴虫が備えられ、その鳴き声が情景をさらに醸し出します。

祝詞において創始の御鎮座の感謝に加え御祭神を称え氏子崇敬者の繁栄を祈ります。

そして雅楽演奏と舞奉納が始まりました。

演奏は例年雅楽の演奏団体であります伶楽舎の方々に奉納演奏頂いておりますが、今年7月、創立者の芝祐靖先生が惜しまれまがら他界されていました。

祭典時には芝先生の写真を飾っており、すぐ側でお見守り頂いていらっしゃる御前での意味もある斎行でありました。

演目は今様「白薄様」に始まり、続いて神前神楽「青葉の舞」が奉納されました。

こちらは伊達政宗公の仙台開府にあたりその末永い繁栄を願って詠まれた歌に作曲作舞されて御鎮座400年から当宮独自の舞として奉納されているものです。

作曲は芝祐靖氏、作舞は宮田まゆみ氏によるものです。

今年は令和の年を迎えた「奉祝 天皇陛下御即位」の意味も込められ、天皇陛下の御前に奉祝の奉納された姿も皆さま彷彿とされたのではないでしょうか。

4人舞として神前奉納されました。

伶楽舎の方々は長床・神楽殿にて演奏されておりました。

境内は庭遼のかがり火に照らされ、聞こえる音は時折薪の燃える音と虫の声となり、清らかで厳かな雰囲気の中、神前舞、演奏奉納は続いて行きます。

管弦として「皇麞急(おうじょうのきゅう)」、「老君子(ろうくんし)」が演奏され、御神楽 「其駒 人長舞(そのこま にんちょうまい)」が奉納されました。
 「その駒ぞや 我に 我に 草乞う 草はとりかわん 水はとり 草はとりかわん」
人長の持っている榊につけた輪は、御神鏡を象ったものと云われております。

神前舞として最後には浦安の舞です。

この舞は昭和15年に皇紀2600年を奉祝して元宮内庁楽部多忠麿氏により作曲作舞されたもので、歌詞は昭和天皇の御製「あめつちの 神にぞ祈る 朝凪の 海のごとく 波立たぬ世を」という戦前戦中にありて平和への希求の祈りが込められた詩であり全国的に各神社の神事において奉納されております。

最後には、退出音声(まかでおんじょう)としまして「長慶子(ちょうげいし)」が演奏奉納され、無事納められました。
当日は天候に恵まれ、参列者の方はおよそ200名ほどおられました。
無事納めることができましたこと、感謝申し上げます。

そして翌日、東日本大震災復興祈念、「雅楽の夕に、」が執り行われ、同じ舞台で今度は日中の明るい時間に、奉納演奏・舞が繰り広げられました。

祭儀課 権禰宜 日野

七夕祈願祭

令和元年8月8日

去る8月8日、七夕祈願祭を執り行いました。

仙台では、昔から七夕祭のことを「タナバタサン」と言い、昔は陰暦7月6日の宵に行われていましたが、明治になると陽暦7月6日の宵に行うようになり、さらに近年は8月6日から8日までの3日間行うようになりました。

仙台地方では藩政時代より、仙台をはじめ農村各地において、それぞれ七夕祭りが行われてきましたが、笹に短冊などの七夕飾りを鈴なりにつけることは、秋田竿灯祭りなどと同様に、頭を垂れて稔る稲穂に竹飾りを見立てて豊作を祈ることに由来しています。

当宮においては、7月2日に社殿前に七夕の笹竹を設置してから訪れた方が短冊を書いてかけられただけではなく、全国各地からの短冊の奉納がありました。

皆様が書き上げた願い事が成就しますよう、大神様にご報告申し上げました。
設置してすぐの笹竹 8月現在の笹竹

笹竹は、今年8月下旬まで長床前に飾られ、訪れた方々の願い事でいっぱいになりました。

また、8月8日以降に当宮に奉納いただいた短冊もお祓いを致しました。

皆様の願い事が成就致します様御祈念申し上げます。

奉賛課 佐藤

大崎八幡宮太元社例祭を執り行いました

令和元年8月1日

去る8月1日、太元社の例祭を斎行致しました。

太元社は、創建時期は不明ですが、元禄11年(1698年)の古図に拝殿西側に記載されていることからそれ以前と推測できます。お祀りしているのは「太元帥明王」といい、邪鬼を懲らしめ、福を招く神として崇拝され仙台五代藩主伊達吉村公が武運長久と子孫繁栄を祈念し勧請したとされています。

現社殿は昭和56年に8月に竣工式が行われ、そのことから毎年8月1日に太元社例祭を執り行っています。

本年はさわやかな夏空の下、大崎八幡宮役員総代、また氏子の皆様のご参列を頂き、祭典を執り修めました。

皆様のご参拝、お待ちしております。

しおりはこちらから

宮司以下祭員参進
厨子の前にて、宮司一拝 御神楽「浦安の舞」奉奏
伶人(大崎八幡宮職員)による雅楽の演奏です  
参列者玉串拝礼

総務課 小野目

大崎八幡宮境内社、末社の参拝のしおりを作成いたしました

令和元年8月7日

御存じの方もいらっしゃいますが、境内社の太元社は太元帥明王をお祀りした、全国でも大変珍しい神社です。今回参拝のしおりを作成致しました。太元帥明王の御由緒、また境内社の御祭神の御神徳を授かりますよう、皆様のご参拝をお待ちしております。

しおりはこちらから

宮城県教育庁文化財課主催の「宮城に息づく民俗芸能~異伝の法印神楽編」が開催されました

令和元年8月3日

去る8月3日、仙台国際センターにて宮城県教育庁文化財課主催の「宮城に息づく民俗芸能~異伝の法印神楽編」が開催されました。

会場では200名ほどの聴講者が興味深く基調講演、映像鑑賞や解説を聞き入っていました。

基調講演は東北歴史博物館 館長 笠原先生より「異伝の法印神楽とは何か~」を東北地方の神楽、異伝と浜、県内神楽の演目の比較を解説されていました。

東北地方の神楽と法印神楽があり、その法印神楽も「浜の法印神楽」と「異伝の法印神楽」がある。大崎八幡宮では「異伝の法印神楽」に属し、この違いは「浜の法印神楽」の上演団体が20団体に対し、「異形の法印神楽」の上演団体は4団体と区別する為に分類される。

宮城県内の神楽(浜・異形)の演目を分類すると共通演目や楽器の編制があり、歴史書や縁起、伝聞から派生や系譜を紐解くことができる。

大崎八幡宮の神楽は、法印神楽と分類されるが、「法印(修験)」の人々が伝えていたのではなく、社家の人間が伝えていた、とのお話がありました。(つまり、厳密には法印神楽ではない。)

大崎八幡宮能神楽保存会による、神楽の解説
薬莱神社神楽保存会による、神楽の解説

~大崎八幡宮脳神楽の魅力の見どころ~

仙台市教育委員会文化財課 沼田 愛 先生による報告がありました。

最初に会場150名の聴講者に大崎八幡宮の能神楽の観衆の有無を聞いたところ、殆どの方がご覧になった事がないという返答があり、沼田先生は大崎八幡宮能神楽の魅力や見どころの説明に熱が入ったご様子でした。

20分という短い時間の中、仙台城下における大崎八幡宮の位置関係や能神楽の概要、仙台市内の神楽の分布から他団体との関係性を説明された後、①舞台装飾②演目と所作③3世代団結と愛を込めてお話しくださいました。

①舞台

「おだれ」と呼ばれる、神楽舞台の天井の装飾(神様の先導の役割)についての解説がありました。演目開始前は12本に広がった「おだれ」(紙垂)が、終演に向かうにつれ、千切れる様が荒々しくも美しい。

②演目と所作

現存する演目(8種類)と、習得の順の違い(所役や実際の年齢や体格などによる)

③3世代団結

殆どの保存団体は人材不足の為継続の危機の問題があるが、大崎八幡宮の能神楽保存会は3世代で関わりがあり、子供から青年、成年、大人と、子供の頃に演目を習得し、大人になり子供に教えるという昔ながらの循環型人材育成を形成できる珍しく恵まれた環境にある。

大崎八幡宮能神楽は、9月14日午後6時30分から奉納されます。

皆様のご参拝、ご参列をお待ちしております。

禰宜 小野目