七夕とは

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七夕と書いて「たなばた」と読む・・・日本人でなければおそらく読めない単語のひとつですよね。

では、なぜ七夕を「たなばた」と読むのでしょうか?

もともと「たなばた」の字は「たな」は棚、「はた」は機織(はたおり)の機で書く「棚機」でした。 日本には7月7日の夜に神をお迎えして禊の儀式を行う行事があり、その行事を行うのが棚機女(たなばたつめ)だったので、平安時代頃に「7日の夕方=七夕」を「たなばた」とあてはめて書くようになったのです。

七夕の由来は雛祭りや端午の節供と同じように中国から伝来してきた風習と日本独自の風習が混ざったものです。1つめは日本独自の風習の神を迎える儀式、2つ目は有名な中国の織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)の物語、そして、3つ目が同じく中国の乞巧奠(きこうでん)というお祭りです。

今年度の七夕祈願祭

日程

8月8日に斎行いたします。
仙台七夕の最終日である8日に皆様方の祈願短冊をご神前にお供えし、祈願成就を祈念致します。
笹竹と短冊は7月1日より境内に準備しています。

七夕短冊奉納申し込みについて

八幡宮では、7月または8月に企業・自治会・子ども会などの諸団体が主催行われる七夕行事にて、「願い事を書いた短冊」の奉納を、受付致します。

申し込み期間 7月1日から8月20日
申し込み方法 ◎七夕短冊奉納申込書に記載の上、メール又はFAXにて送信ください。
※”七夕短冊奉納申込書PDFはこちら”ボタンよりダウンロード頂けます。
◎短冊の奉納は直接お持ち頂くか、送付頂きます。
奉納祈願祭 ◎8月7日までの奉納は、8月8日に奉納祈願斎行
◎8月20日までの奉納は、8月24日に奉納祈願斎行
尚この際、ご参列の有無をお伺いいたします。
奉納初穂料 ◎角2サイズまでの封書に入るもの
※1通あたり 10,000円よりお気持ちでお納め頂きます。
◎段ボール箱(縦+横+高さが115cmまで)に入るもの
※1箱あたり 20,000円よりお気持ちでお納め頂きます。
祈願木札 祈願札をご希望の方は、別途お申し出頂きます。
お焚き上げ 奉納された短冊は、翌年の松焚祭にてお焚き上げを致します。

七夕短冊奉納申込書PDFはこちら

日本の儀式としての七夕

日本には古くから、お盆行事の一環として、祖先の霊を祭る前の禊(みそぎ)の行事がありました。人里離れた水辺の小屋に神の嫁となる処女が神を祭るために一晩過ごし、翌日に笹竹の飾りを川や海に流して穢れを流してもらうという行事です。流し雛のように穢れを流すので、「七夕流し」または「七夕送り」と呼ばれるものですが、現在ではあまり行われていないようです。

七夕物語

二つ目は、天の川に住んでいる織姫と彦星の七夕物語です。おそらく、この物語ならどなたでも知っているのではないでしょうか?

『昔、天の川の東に天帝の娘、はたおりの上手な織女(おりひめ)が住んでいました。 織女が年頃になったので、父親の天帝は農耕に熱心な牽牛(けんぎゅう)という青年と結婚させました。 ところが、結婚してからというもの、二人とも仕事をおろそかにし二人で遊んでばかり。天帝は注意しましたが効き目がなかったので、怒った天帝は二人を川の対岸に別れさせてしまいました。 織女は悲しみにくれて泣いてばかりなので、かわいそうになった天帝は年に一度、旧暦の7月7日の夕方だけに川を渡って逢うことを許しました。』

天の川に住んでいるという二人、天空では織女は琴座のヴェガという星、牽牛は鷲座のアルタイルという星にあたります。「織女」「牽牛」は中国の星名で、日本では、ヴェガは「織姫」「七姫(ななひめ)」「朝顔姫」「百子姫(ももこひめ)」「女星(めぼし)」など、アルタイルは「彦星」「男星(おぼし)」「犬飼星」「牛牽星(うしひきぼし)」などと呼ばれています。

乞巧奠(きこうでん)

中国では織姫が巧みな織り手であったことから、乞巧奠(きこうでん)という祭りの日が生まれました。 年に一度七夕の夜に二人が会えることを祝福し、また、機織りの技術が"巧"みになることを"乞"う(ねがう)のです。"奠"は"まつる"という意味があります。

後に、機織りだけではなく、針仕事などの手芸全般や音楽、詩などの芸などの上達も含めるようになっていきました。

日本には奈良時代に中国から七夕物語とともに乞巧奠が伝わってきたようで、宮中で星祭りとして行事が行われていました。そして、次第に日本古来の神を迎える禊(みそぎ)の儀式と一緒になって「七夕」となっていったようです。

七夕の飾り

七夕の由来となった乞巧奠(きこうでん)にならって、最初は瓜、花、酒を並べて織女と牽牛をまつっていましたが、その後、七本の針に魔よけの意味のある五色(青・黄・赤・黒・白)の糸を通して機織りの技術向上を祈るようになり、琴を机の上において芸の上達を願ったそうです。 その後、歌も供えるようになり、梶の葉に和歌を書いてすずり、筆などをそえました。

江戸時代になると笹竹を立てて梶の葉に和歌を七首書いていましたが、笹竹は長い竹、梶の葉は短冊に変わってゆき、願い事も手芸、芸事から良縁、合格、幸せ祈願などへと移っていき現在の形にとなったそうです 。

仙台七夕祭り 仙台七夕まつりで飾られる七夕飾りには7つの形の飾りがあって、それぞれに商売繁盛や無病息災などの願いがつけられています。短冊にただ願い事を書くだけではなく、形にもこだわって飾りをつけるなど日本流にどんどん形を変えてきた七夕飾りですが、由来を理解し、飾り付けの意味を理解するとまた楽しく飾りつけができるのではないかと思います。
紙衣(かみごろも) 棚機女(たなばたつめ)が織り、神に捧げたという衣で、七夕竹の一番上に吊るす習わしがあります。 昔は、母や師匠に教えられ、裁縫の腕が上がるよう願いながら縫われました。
千羽鶴 家の長老の年の数だけ折り、延命長寿を願いました。 折り方を習う娘たちは折り紙を通じ、教わる心、人に教える心を学びました。
短冊 早朝、硯にカラトリの葉にたまった夜露を集めて、すった墨汁で師に習った詩歌を書いて、学問や書、手習いの上達を願いました。
投網(とあみ) 昔から重要なたんぱく源としての魚介をかかさないよう、仙台近海の豊漁を祈願しました。
屑篭(くずかご) 七つの飾り物をつくり終えた裁ちくず、紙くずを拾い集めて屑かごの中にいれました。 ものを粗末にしないで役立て、清潔と倹約の心を育てました。
巾着(きんちゃく) 巾着は、昔金銭を入れて腰に下げたもの。 富貴を願いながら、節約、貯蓄の心を養いました。しっかりとひもで結ばれ、無駄遣いを戒めています。
吹流し 織姫の織り糸を象徴し、飾り付けの主役となっています。

七夕の食べ物

七夕には素麺(そうめん)を食べる習慣もあります。 昔、中国の伝説上の帝の子どもが7月7日に死んで、鬼となって病気を流行らせたので、その子どもが好きだった索餅(さくへい)というお菓子を作って供えたら病気の流行が治まったという伝説がありました。

この伝説にあやかって、索餅を食べるようになり、索餅が蕎麦(そば)、蕎麦が素麺に変わっていったそうです。素麺が七夕に食されるようになったのは室町時代から。

七夕の時期に取れる小麦の収穫を感謝するということと、素麺の流れが天の川を思わせること、また麺が織姫がつむぐ糸に見えることなどからきているようです。